2026/09/09 11:12

三種の神器とは、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の3つの神宝を指します。日本神話と皇位継承に深く関わり、現在も特別な存在として受け継がれています。
では、その「本物」は現在どこにあるのでしょうか。また、なぜ三種の神器は「見てはいけない」「天皇でも見ない」といわれるのでしょうか。
この記事では、三種の神器それぞれの意味や由来、現在伝わる場所を確認しながら、壇ノ浦で失われた剣や、実物を見た人をめぐる記録・伝承、都市伝説まで紹介します。
目次
・三種の神器とは?意味と3つの神宝
・三種の神器の本物はどこにある?
・三種の神器はなぜ見てはいけないといわれる?
・三種の神器は失われた?壇ノ浦と現在まで残る謎
・まとめ
三種の神器は、日本神話に由来し、皇位とともに受け継がれてきた鏡・剣・勾玉の3つの神宝です。
宮内庁では、三種の神器を「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」と説明しています。
3つの神器は、それぞれ異なる神話と結び付いています。
・八咫鏡
・草薙剣
・八尺瓊勾玉
なお、勾玉の名称は資料によって表記が異なり、伊勢神宮では「八坂瓊勾玉」と表記されています。
名前だけを見ると難しく感じますが、一つずつ神話をたどると、それぞれが日本神話の重要な場面に登場していることが分かります。
八咫鏡とは
八咫鏡は、三種の神器の「鏡」にあたります。
日本神話では、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)に隠れ、世界が暗闇に包まれた物語に登場します。
神々は天照大御神を岩戸の外へ迎え出すために祭りを行い、その際に八咫鏡が用いられました。岩戸を少し開いた天照大御神が鏡に映る姿へ目を向けたところをきっかけに、再び外へ導かれたと伝えられています。
その後、八咫鏡は天照大御神から皇孫へ授けられた神鏡とされ、三種の神器の一つとして皇位のみしるしになったと伝えられています。
現在、伊勢神宮の皇大神宮、いわゆる内宮では、八咫鏡が御神体として祀られています。
草薙剣とは
草薙剣は、三種の神器の「剣」です。
もともとは天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と呼ばれたとされ、日本神話の八岐大蛇(やまたのおろち)退治に登場します。
須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇を退治したところ、その尾から特別な剣が現れました。それが天叢雲剣とされます。
その剣は後に天照大御神へ献上され、天孫降臨の際にほかの神宝とともに地上へ授けられたと伝えられています。
さらに後世、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の途中で火攻めに遭った際、この剣で草を薙いで危機を脱したという伝承から、「草薙剣」の名で呼ばれるようになったとされます。
現在、熱田神宮では草薙神剣を三種の神器の一つとして御神体に祀っています。
八尺瓊勾玉とは
八尺瓊勾玉は、三種の神器の「玉」にあたります。
勾玉は、古代日本の遺跡からも出土する、曲線を描いた独特の形をした装身具です。
日本神話では八咫鏡と同じく天岩戸の物語に登場し、天照大御神を岩戸から迎え出すために用意された神宝の一つとして語られます。
その後、鏡・剣とともに天孫へ授けられ、三種の神器の一つになったとされています。
八尺瓊勾玉の本体は、一般に宮中に伝わるとされています。
なぜ鏡・剣・勾玉の3つなのか
なぜ三種の神器が「鏡・剣・勾玉」なのかについては、さまざまな解釈があります。
神話上では、天照大御神からその子孫へ授けられた神宝として、皇位との結び付きが生まれていきました。
後世には、鏡・剣・勾玉をそれぞれ異なる徳の象徴と見る考え方もあります。たとえば、鏡を知恵や正直さ、剣を勇気、勾玉を慈しみなどに結び付ける解釈です。
ただし、これらは三種の神器の成立当初から唯一決まっていた意味ではなく、後世に加えられてきた象徴的な解釈として見るのがよいでしょう。
三種の神器には、「見てはいけない」「天皇でさえ見ない」といった話がよくあります。
ただし、まず分けて考えたいのは、
「一般公開されていない」
という確認できる事実と、
「見ると祟られる」
という伝承・都市伝説です。
三種の神器が一般公開されていないことは確認できますが、「見ると必ず災いが起こる」ということまで公式に定められているわけではありません。
三種の神器は一般公開されていない
八咫鏡と草薙剣は、それぞれ伊勢神宮と熱田神宮で御神体として祀られています。
御神体は、美術品や歴史資料のように一般公開して鑑賞することを前提としたものではありません。
八尺瓊勾玉についても、皇位継承にかかわる神宝として宮中に伝えられているとされます。
こうした性格から、三種の神器は現在も簡単に姿を確認できるものではありません。
「見てはいけない」という言葉は、こうした秘された扱いが長く続いてきたことと結び付いて語られてきた表現と考えると分かりやすいでしょう。
天皇も実物を見ないといわれるのはなぜ?
「三種の神器は天皇でさえ見てはいけない」という話もよく知られています。
ただし、「歴代の天皇が全員、一度も神器を見ていない」とまで断定することはできません。
現代の皇位継承では、剣や璽は容器に納められた状態で承継されます。
剣璽等承継の儀も、神器を取り出して姿を確かめる儀式ではありません。
つまり三種の神器は、所有者が中身を確認して価値を確かめる宝物というより、「皇位とともに受け継がれていること」に大きな意味を持つ神宝と考えることができます。
三種の神器を実際に見た人はいる?
三種の神器は長く秘されてきたため、「実際に見た人物がいるのか」という疑問も生まれます。
とくに草薙剣については、『玉籤集裏書(ぎょくせんしゅううらがき)』に、熱田神宮の神職らが神剣を見たと伝える記述があります。
そこには剣の長さや形状について具体的な記述があるとされ、後世には草薙剣の姿を考える資料の一つとして取り上げられてきました。
ただし、この記述によって現在の御神体の姿が確認されたという意味ではありません。また、現代の写真や科学的調査によって実物と照合できるものでもありません。
八咫鏡についても「実物を見た」「鏡の裏に文字があった」といった話が後世に語られていますが、こうした説には検証が難しいものもあります。
そのため、
「誰も一度も見たことがない」
と断定するのも、
「伝承に残る記述が実物の姿を証明している」
と断定するのも、どちらも慎重に考える必要があります。
見ると祟られるという都市伝説
ここからは、確認できる基本情報とは別に、三種の神器をめぐる伝承や都市伝説として語られている話です。
草薙剣については、神剣を密かに見た人々にその後災いが起きた、という伝説も語られています。
そこから、
「神器を見てはいけない」
「封を解くと祟られる」
「神宝を直接見ることは禁忌である」
といった物語が広がっていったと考えられます。
こうした話を、確認された史実としてそのまま受け取ることはできません。
しかし、三種の神器が長く人目から秘され、神聖な存在として扱われてきたからこそ、「中には何があるのか」「見たら何が起こるのか」という想像が膨らんだとも考えられます。
姿が見えないこと自体が、三種の神器の神秘性をさらに高めてきたのかもしれません。

三種の神器とは?意味と3つの神宝
三種の神器は、日本神話に由来し、皇位とともに受け継がれてきた鏡・剣・勾玉の3つの神宝です。
宮内庁では、三種の神器を「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」と説明しています。
3つの神器は、それぞれ異なる神話と結び付いています。
・八咫鏡
・草薙剣
・八尺瓊勾玉
なお、勾玉の名称は資料によって表記が異なり、伊勢神宮では「八坂瓊勾玉」と表記されています。
名前だけを見ると難しく感じますが、一つずつ神話をたどると、それぞれが日本神話の重要な場面に登場していることが分かります。
八咫鏡とは
八咫鏡は、三種の神器の「鏡」にあたります。
日本神話では、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)に隠れ、世界が暗闇に包まれた物語に登場します。
神々は天照大御神を岩戸の外へ迎え出すために祭りを行い、その際に八咫鏡が用いられました。岩戸を少し開いた天照大御神が鏡に映る姿へ目を向けたところをきっかけに、再び外へ導かれたと伝えられています。
その後、八咫鏡は天照大御神から皇孫へ授けられた神鏡とされ、三種の神器の一つとして皇位のみしるしになったと伝えられています。
現在、伊勢神宮の皇大神宮、いわゆる内宮では、八咫鏡が御神体として祀られています。
草薙剣とは
草薙剣は、三種の神器の「剣」です。
もともとは天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と呼ばれたとされ、日本神話の八岐大蛇(やまたのおろち)退治に登場します。
須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇を退治したところ、その尾から特別な剣が現れました。それが天叢雲剣とされます。
その剣は後に天照大御神へ献上され、天孫降臨の際にほかの神宝とともに地上へ授けられたと伝えられています。
さらに後世、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の途中で火攻めに遭った際、この剣で草を薙いで危機を脱したという伝承から、「草薙剣」の名で呼ばれるようになったとされます。
現在、熱田神宮では草薙神剣を三種の神器の一つとして御神体に祀っています。
八尺瓊勾玉とは
八尺瓊勾玉は、三種の神器の「玉」にあたります。
勾玉は、古代日本の遺跡からも出土する、曲線を描いた独特の形をした装身具です。
日本神話では八咫鏡と同じく天岩戸の物語に登場し、天照大御神を岩戸から迎え出すために用意された神宝の一つとして語られます。
その後、鏡・剣とともに天孫へ授けられ、三種の神器の一つになったとされています。
八尺瓊勾玉の本体は、一般に宮中に伝わるとされています。
なぜ鏡・剣・勾玉の3つなのか
なぜ三種の神器が「鏡・剣・勾玉」なのかについては、さまざまな解釈があります。
神話上では、天照大御神からその子孫へ授けられた神宝として、皇位との結び付きが生まれていきました。
後世には、鏡・剣・勾玉をそれぞれ異なる徳の象徴と見る考え方もあります。たとえば、鏡を知恵や正直さ、剣を勇気、勾玉を慈しみなどに結び付ける解釈です。
ただし、これらは三種の神器の成立当初から唯一決まっていた意味ではなく、後世に加えられてきた象徴的な解釈として見るのがよいでしょう。
三種の神器の本物はどこにある?
三種の神器は一か所にまとめて保管されているわけではありません。 一般に、本体が伝わる場所は次のように説明されています。 ・八咫鏡 伊勢神宮の皇大神宮(内宮) ・草薙剣 熱田神宮 ・八尺瓊勾玉 宮中 つまり「三種の神器は皇居に全部ある」というわけではありません。 ここが三種の神器を理解するときに、少し分かりにくい部分です。 八咫鏡の本物は伊勢神宮 八咫鏡は、伊勢神宮の皇大神宮で御神体として祀られています。 皇大神宮は天照大御神を祀る神宮の中心的なお宮で、伊勢神宮の公式説明でも、その御神体が三種の神器の一つである八咫鏡とされています。 ただし、参拝者が八咫鏡そのものを見ることはできません。 通常の参拝で目にできるのは社殿であり、御神体そのものが展示されているわけではありません。 草薙剣の本物は熱田神宮 草薙剣は、名古屋の熱田神宮に伝わります。 熱田神宮では、草薙神剣を御神体として祀ることが神宮の由緒そのものにつながっています。 熱田神宮には刀剣を紹介する「草薙館」もありますが、そこに御神体の草薙神剣そのものが展示されているわけではありません。 八咫鏡と同様、一般の参拝者が実物を見ることはできない神宝です。 八尺瓊勾玉は宮中に伝わる 八尺瓊勾玉の本体は、一般に宮中に伝わるとされています。 皇位継承の際には、「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」という儀式が行われます。 この「璽」は、三種の神器のうち勾玉にあたる神璽を指します。 2019年5月1日の皇位継承でも、剣璽・御璽・国璽を承継する「剣璽等承継の儀」が皇居で行われました。 ただし、この儀式でも神器の中身を取り出して一般に公開するわけではありません。 「本体」と「形代」は何が違う? 三種の神器を調べると、「本体」と「形代(かたしろ)」という言葉が出てきます。 これが「本物はどこにある?」という疑問を少し複雑にしています。 一般に八咫鏡の本体は伊勢神宮、草薙剣の本体は熱田神宮に伝わるとされます。 一方、宮中にも鏡と剣があり、これらは本体に代わる形代として説明されます。八尺瓊勾玉については、本体が宮中に伝わるとされています。 そのため、 「宮中の剣は偽物なのか」 「伊勢の鏡と宮中の鏡はどちらが本物なのか」 と考えると混乱しやすくなります。 形代は、単に価値の低い偽物という意味ではありません。皇位継承や宮中祭祀の中で神器として受け継がれる、特別な役割を持った存在として理解する方が適切です。三種の神器はなぜ見てはいけないといわれる?
三種の神器には、「見てはいけない」「天皇でさえ見ない」といった話がよくあります。
ただし、まず分けて考えたいのは、
「一般公開されていない」
という確認できる事実と、
「見ると祟られる」
という伝承・都市伝説です。
三種の神器が一般公開されていないことは確認できますが、「見ると必ず災いが起こる」ということまで公式に定められているわけではありません。
三種の神器は一般公開されていない
八咫鏡と草薙剣は、それぞれ伊勢神宮と熱田神宮で御神体として祀られています。
御神体は、美術品や歴史資料のように一般公開して鑑賞することを前提としたものではありません。
八尺瓊勾玉についても、皇位継承にかかわる神宝として宮中に伝えられているとされます。
こうした性格から、三種の神器は現在も簡単に姿を確認できるものではありません。
「見てはいけない」という言葉は、こうした秘された扱いが長く続いてきたことと結び付いて語られてきた表現と考えると分かりやすいでしょう。
天皇も実物を見ないといわれるのはなぜ?
「三種の神器は天皇でさえ見てはいけない」という話もよく知られています。
ただし、「歴代の天皇が全員、一度も神器を見ていない」とまで断定することはできません。
現代の皇位継承では、剣や璽は容器に納められた状態で承継されます。
剣璽等承継の儀も、神器を取り出して姿を確かめる儀式ではありません。
つまり三種の神器は、所有者が中身を確認して価値を確かめる宝物というより、「皇位とともに受け継がれていること」に大きな意味を持つ神宝と考えることができます。
三種の神器を実際に見た人はいる?
三種の神器は長く秘されてきたため、「実際に見た人物がいるのか」という疑問も生まれます。
とくに草薙剣については、『玉籤集裏書(ぎょくせんしゅううらがき)』に、熱田神宮の神職らが神剣を見たと伝える記述があります。
そこには剣の長さや形状について具体的な記述があるとされ、後世には草薙剣の姿を考える資料の一つとして取り上げられてきました。
ただし、この記述によって現在の御神体の姿が確認されたという意味ではありません。また、現代の写真や科学的調査によって実物と照合できるものでもありません。
八咫鏡についても「実物を見た」「鏡の裏に文字があった」といった話が後世に語られていますが、こうした説には検証が難しいものもあります。
そのため、
「誰も一度も見たことがない」
と断定するのも、
「伝承に残る記述が実物の姿を証明している」
と断定するのも、どちらも慎重に考える必要があります。
見ると祟られるという都市伝説
ここからは、確認できる基本情報とは別に、三種の神器をめぐる伝承や都市伝説として語られている話です。
草薙剣については、神剣を密かに見た人々にその後災いが起きた、という伝説も語られています。
そこから、
「神器を見てはいけない」
「封を解くと祟られる」
「神宝を直接見ることは禁忌である」
といった物語が広がっていったと考えられます。
こうした話を、確認された史実としてそのまま受け取ることはできません。
しかし、三種の神器が長く人目から秘され、神聖な存在として扱われてきたからこそ、「中には何があるのか」「見たら何が起こるのか」という想像が膨らんだとも考えられます。
姿が見えないこと自体が、三種の神器の神秘性をさらに高めてきたのかもしれません。
三種の神器は失われた?壇ノ浦と現在まで残る謎
ここまで読むと、新しい疑問が生まれます。 草薙剣は熱田神宮にあるとされる一方、「壇ノ浦で海に沈んだ」という話も非常に有名だからです。 では、壇ノ浦で失われた剣と、現在の草薙剣はどのような関係なのでしょうか。 壇ノ浦で三種の神器に何が起きた?
1185年、源氏と平家が戦った壇ノ浦の戦いで平家は滅亡しました。
当時、幼い安徳天皇(あんとくてんのう)とともに三種の神器も平家側にありました。
『平家物語』などの軍記物語では、敗北を悟った平家方が神器とともに海へ身を投じる場面が描かれています。
鏡と勾玉は回収された一方、宝剣は海底へ沈み、失われたという物語が伝わりました。
国立公文書館が紹介する『平家物語』でも、三種の神器のうち剣が失われたという物語を確認できます。
ここで注意したいのは、壇ノ浦の戦いという歴史上の出来事と、『平家物語』など軍記物語の具体的な描写を、完全に同じものとして扱わないことです。
神器をめぐる話には、歴史上の出来事だけでなく、後世の物語や伝承も重なっています。
草薙剣は本当に海に沈んだのか
「壇ノ浦で剣が沈んだなら、熱田神宮の草薙剣はどうして残っているのか」
ここが、三種の神器の中でも特に分かりにくく、興味深いところです。
一般に、熱田神宮に祀られている草薙神剣が本体であり、宮中には剣の形代が置かれてきたと説明されます。
現在一般に用いられる「本体」と「形代」という整理に立つと、壇ノ浦で失われたとされる宝剣は宮中で皇位とともに受け継がれていた剣で、熱田神宮に祀られる草薙神剣とは区別して説明されます。
そのため、
「熱田神宮の本体そのものが壇ノ浦で沈んだ」
という整理にはなりません。
失われた剣と熱田神宮の剣は矛盾する?
三種の神器は、現代人が考える「一点しか存在しない美術品」とは少し違った性格を持っています。
とくに鏡と剣を理解するうえでは、本体と形代という考え方が重要です。
そのため、宮中で受け継がれていた宝剣が失われたとされることと、熱田神宮に草薙神剣が祀られていることは、必ずしも矛盾しません。
一方で、皇位継承という意味では宮中で受け継がれる剣も重要な神器です。
つまり、
「どれが本物か」
だけで考えるより、
「どの神器が、どの場所で、どのような役割を担って受け継がれてきたのか」
を見る方が、三種の神器を理解しやすくなります。
三種の神器に残る謎と都市伝説
三種の神器には、今も多くの謎があります。
実物が一般公開されないため、
「古代からどのように受け継がれてきたのか」
「容器の中にはどのような神器が納められているのか」
「神器を実際に見た人物はいるのか」
「なぜ姿を公開しないのか」
といった疑問が繰り返し語られてきました。
さらに、失われた宝剣、見てはいけないという禁忌、神器を見た人物をめぐる逸話などが加わり、三種の神器には独特の神秘性が生まれています。
すべてを「都市伝説だから嘘」と切り捨てる必要もなければ、すべてを史実として受け取る必要もありません。
日本神話、皇位継承の歴史、信仰、軍記物語、そして後世の都市伝説が幾重にも重なっていることこそ、三種の神器が現在まで人々を惹き付けている理由の一つでしょう。
